THE PASSION FOR TOURBILLON
FRANCK MULLER

Challenge For

Weight

Saving

軽量化への挑戦

テンプ・アンクル・ガンギ車を搭載して回転するトゥールビヨンのキャリッジは常に軽量性が求められる。軽量性と強度がトレードオフとなるなかで、精度を追い求めながらも審美性を重んじるフランク ミュラーは、どのようにキャリッジの軽量化を進めていったのか。パーツ製造と装飾においても特筆すべき点を明らかにする。

パーツプロダクションマネージャー

スティーブン・ブーラン

チタン素材は軽量ですが非常に硬く、ゴールド素材の倍の時間を要するほど加工が本当に難しい金属です。 ネジの一本からパーツ製造を担うアトリエDを統括。小さな町工場並みとなる約40人ほどのスタッフを統括する。

ムーブメントデコレーション

ジェラルディーヌ・フルニエ

軽量化のためにチタン素材は必須。ただ手作業による装飾や仕上げには極めて高度な技術が求められます。アトリエCの装飾部門で勤続23年という熟練の職人。13名からなるチームを率いて後進の指導にも当たっている。

キャリッジに最適な素材チタンを操り、高みを目指す

腕時計の精度向上において、長時間にわたるテンプの振り角の安定はフランク ミュラーが抱える課題のひとつ。ことトゥールビヨンにおいては、少なくともキャリッジ分は重さが増すため、さらに安定的に回転させる工夫が必要だ。
そのために不可欠となるのは、高いトルクを生むエネルギー供給とキャリッジの軽量化。前者については、トルク安定の前項で触れたとおりだ。本項では、もうひとつの要点であるキャリッジの軽量化について、フランク ミュラーの姿勢を解き明かしていく。。

さて、軽量化とひと口に言っても、軽ければ何でもよいという単純な話ではない。なぜなら強いトルクが生む強い回転力に対して、素材自体の耐久性や剛性、そして、両者のバランスが必要だからだ。加えて、適度な慣性モーメントも求められるために、当然ながら、重量が0に近いほどいいというものでもない。
フランク ミュラーでは、こうした厳しい条件を満たす素材として、キャリッジにチタンを採用することで軽量化を実現している。スティールの約60%の比重を持つ金属チタンは、トゥールビヨンのキャリッジとして最良の素材のひとつ。しかしながら、素材の特性上、その扱いは決して容易なものではないのだ。
設計部はチタンについてこう語る。

「チタンはマシン成形後の変形が少ない素材です。その意味で、精密さと強さが求められるキャリッジには最適。一方、軽量なアルミは変形しやすく強度が保てず、加工や装飾において扱いやすい真鍮は、重いというデメリットがあるのです。結果、バランスに優れているのが、チタンというわけです」

製造を担うアトリエDの1階にて最新の機械旋盤で切削されている「FM」パーツ。チタンが極めて高い精度で加工される。

ミラーポリッシュ加工は、真鍮の台に載せて、机上の研磨台にかけていく。この際、パーツに均等に荷重を掛けなければならないため、その塩梅の難しさはすべて経験則で行われている。

数値もそれを証明する。ビッカース硬度(押し込み強度)を、代表的な4つのメタルで比較すると、スティールは割り金や加工によるが約500〜1000HV。アルミは約90HV。真鍮は最大で150HV程度。チタンは、スティールと真鍮の間に位置する約340HVとなる。まさに、チタンは軽量性と強度のバランスに優れる素材なのだ。

「設計部にとってチタンは優良な素材のひとつですが、装飾全般を担うセクションや、これを組み付ける時計師たちにとっては手強い素材いでしょう」という設計部の言葉どおり、ウォッチランドでもチタンは加工自体が難しい素材であることは共通認識とされている。それだけに、挑戦という点においても、この素材を積極的に扱う意義は大きい。
マニュファクチュールの名に違わず、ウォッチランドではこの繊細なパーツも自社で開発・製造している。スティーブン・ブーラン率いるパーツプロダクション部門のあるアトリエでは、少数精鋭のエキスパートたちによって高い工作精度を必要とするチタン製キャリッジの切削が、コンピュータ制御の旋盤で日夜行われているのだ。

フランク ミュラーの一部トゥールビヨンにおいては、キャリッジ上部にブランド名のイニシャル「FM」を模ったデザインが採用されている。こうした部品の装飾については、ムーブメントデコレーションを担うアトリエにて手作業でひとつひとつ仕上げられている。

アトリエDで切削された、ブランド名の頭文字「FM」を模ったチタン製のキャリッジ上部のパーツ。製造部から送られてきたこのパーツはアトリエCで装飾が施される。専用の金属製ヤスリを使って、パーツは45度の角度で丁寧に面取りされていく。

ウォッチランド内で最も高度な技術を持つのが、装飾部門の責任者ジェラルディーヌ・フルニエだ。彼女が面取り加工やミラーポリッシュ加工、ペルラージュといった多彩な装飾を、加工の難敵ともいうべきチタンに施している。
彼女が行う作業でもとりわけ注目したいのが、いわゆるC面(=水平面Aと垂直面Bとが接する斜め45度の面)に磨きを入れていく手作業の加工だ。面取りされたC面どうしが鋭角にぶつかる「入り角」の磨き工程は、時計界でも熟達したひと握りの職人にしかできないといわれており、実際、ウォッチランドにおいても彼女にしかできない。

「チタンにはスティールよりも少し柔らかい感覚があり、そのぶん作業は難しいです」と、事もなげに話すが、寸分違わずに作業する繊細な手の動きから、長い時間をかけて培われた高い技術と、そこに込められた情熱が感じられる。
これらの工程を経て仕上げられたチタンキャリッジを組み付ける時計師にとっても、当初は扱いにくさがあった。軽量という点において、トゥールビヨンセクションを統括する時計師が語る。
「最初の一歩というのは、どんな世界でも困難なこと。私たちもチタン製のキャリッジを最初に扱った際には苦労しました。今ではこの素材と対話ができるほど、扱いには慣れましたが(笑)」
ともあれ、強度と軽量性を兼備したチタン製のキャリッジは、現在のところ理想的なソリューションのひとつである。

「チタンに代わる新たな素材が生まれれば、また新たな挑戦が始まるでしょう」と語る時計師の表情には、経験による自信と未来への情熱が滲んでいた。