Challenge For
Up Sizing
精度向上のために生まれたトゥールビヨンは、いつしか美観を楽しむ装飾としても愛でられることに。そこで、理想を追求し続けるフランク ミュラーは、ひとつの解にたどり着く。それはキャリッジの大型化である。大きなコマほど安定して回転し続ける法則に基づき、世界最大のトゥールビヨンを誕生させたのだ。
フランク ミュラーが目指すのは、唯一無二の複雑時計。ウォッチランドで働くすべてのスタッフがその基本理念を共有している。そして2011年に誕生した世界最大のキャリッジをもつ「ギガ トゥールビヨン」はその象徴でもある。
大型キャリッジによる慣性モーメントの増大を狙ったものだ。簡単に言えば、大きなコマほど安定的に回る理屈と同様の考え方に基づく。「キャリッジを大きくする」というシンプルな発想だが、たやすく実現できることではない。
搭載するキャリッジは、なんと20㎜径。また、内側のテンワは16 ・ 70㎜径で、視覚的にも本体の多くを占める驚くべきサイズ感。さらにはブランドが誇るフライング トゥールビヨンを採用し、見たことないほど大きなキャリッジが、壮大かつ優雅に動く様が間近に鑑賞できる。
もとより重量のあるキャリッジを高い精度で回転させるためには、キャリッジの軽量化や安定的なトルク供給が不可欠。テンワを振らせるためのトルクを、重量のあるキャリッジの回転によって消費してしまっては意味がないからだ。
直径20mmとなるチタン製キャリッジを動作確認用のムーブメントに仮組みして、精度よく回転するかをチェック。大きいとはいえ特別な機構を調整できる時計師の数は限られる。
直径16.70mmとなるテンワとヒゲゼンマイは、美観と回転のための機能を両得した機能美デザインを採用。ヒゲゼンマイの巻き付けも自社で行っているというのも驚きだ。
そこでフランク ミュラーは、この巨大なキャリッジを回すにあたり、軽量で歪みのない精密さを追求して、高い加工精度を要するチタンを採用した。このパーツの完成は、ウォッチランドにおける工作精度向上の賜物。まさに、「マスター オブ コンプリケーション」ならではの偉業だ。通常のトゥールビヨンにさえ立ちはだかる難題を、大型キャリッジでも解決してしまうのは、挑戦をいとわないフランク ミュラーの真骨頂であろう。
言うまでもないが、フライング式の成り立ちに触れた際に言及したセラミック製ボールベアリングも、スムースなトルクの伝達に大きく貢献している。
必要となるトルクに関しては、2層に重ねて横に並べた合計4つからなる香箱を用意。ロングパワーリザーブによって、高いトルクのみならず、振り落ちにも対応することとなる。実際、2011年に登場したオリジナルモデルにおいては、約9日間ものパワーリザーブを実現している点でも驚異的といえる。
こうした技術的な側面に加えて、フランク ミュラーが誇る美的な表現力も大きな見所だ。ボリューム感のあるトノウ カーベックスケースに、いかにこの複雑機構を収めていくか。美しさも担保するという使命も同時に達成することはブランドの矜持にほかならない。
実際、通常の3針時計ならば、裏蓋側に配置されるテンワを、いわば“逆さま”の輪列に再構成して、表側の6時位置にショーアップ。これによってフランク ミュラーが重んじる美感を最大化している。こうした審美性を実現すべく、開発陣の高い技術によって見事なソリューションを生み出したのだ。
設計師のひとりが「デザインにある理念をいかに時計に落とし込むかが、設計師の腕の見せ所」と語る。
例えば、デザイン原画では、2列の香箱のそれぞれに1つずつ受けが描かれていたものを、設計上の効率化により1つにまとめることに。このように、設計師とデザイナーが互いに協力し合うことで、美しさと実用性の調和を図ったという経緯も教示してくれた。
また、組み立てを担う時計師からは、「ギガ トゥールビヨン」の当初の問題点について、「キャリッジが大きすぎて衝撃に耐えきれない問題がありましたが、すぐに設計師と連携して、軸とルビーが容易に外れないロック機構を備えてもらったんです」という話を聞いた。
これらのエピソードからも、設計師とデザイナー、そしてアトリエの時計師といった現場レベルのスタッフが緊密な関係を構築できていること、そして互いへの信頼や敬意が伝わってくる。
なお、最新の「グランド カーベックス ギガ トゥールビヨン」においては、初期モデル同様に20㎜のキャリッジ径と、16 ・ 70㎜のテンワ径を採用し、64 ・ 4㎎・㎠という慣性モーメントも維持しながらデザインを刷新。記念碑的なモデルの完成に安住するのではなく、長い年月をかけて常に進化を続ける。フランク ミュラーの挑戦的な姿勢を、最新作でも強く感じ取ることができるだろう。