Challenge For
Power
Reserve
テンプ・アンクル・ガンギ車を搭載するキャリッジを駆動するトゥールビヨンに対しては、安定的なパワー供給が必要だ。振り落ちによって精度を落とさないためにもロングパワーリザーブの仕様が不可欠となる。そのために製作陣は何に挑んだのか。
ゼンマイのほどける力を動力に変換していく機械式時計。全巻きした時点で最も強いエネルギーを供給し、ほどけていくにつれて徐々に弱まっていく。つまり、テンプの振り角は、全巻き時に最大値を示しながら、途中で安定的に駆動し、終盤に減衰していくわけだ。
一般的な機械式時計も、トゥールビヨンも、この原理に従い、できるだけ振り角が落ちないよう強度のあるエネルギー供給を試みるという前提は変わらない。テンプの振り角が落ちない時間が長ければ長いほど、その精度を安定的に保てるというわけだ。
ただしトゥールビヨンは、他の機構と比べてテンプ・アンクル・ガンギ車を載せたキャリッジを回すために、通常の機械式時計に比べて、より多大なエネルギーを必要とする。
フランク ミュラーでは、ブリッジ式トゥールビヨンも製作しているが、その多くは組み付けが難しいフライング式だ。しかも、ここまで紹介してきたように、時計界で目を見張る特殊な構造をもつモデルを数多く発表している。
象徴的なのが、強いエネルギーを供給する「ギガ トゥールビヨン」が採用する4バレルの構造だ。これは、のちに発表された高速回転するキャリッジを搭載する「サンダーボルト トゥールビヨン」にも採用されているように、エネルギー供給において非常に優れた面を持つ。2011年に発表した「ギガ トゥールビヨン」のオリジナルは9日巻きを実現し、大型キャリッジを動かす強トルクとロングパワーリザーブが際立つ。
「エテルニタス メガ4」に見られる直列式の2バレル。スペースの制約が必要かつ大きなエネルギーが求められる場合に採用される。
2つのバレルを並べる並列式。連結自体には技術的な障壁は少なく、視覚効果も高い。並列するそれぞれを直列式に2つ重ねたのが4バレルだ。トノウケースでは、6時位置のトゥールビヨンとの相性も良い。
1つの香箱で十分なエネルギー供給が可能なことも多い。径が大きいほど、長い主ゼンマイを格納できる。
一般的に主ゼンマイに厚みを与えればトルク自体は高まるが、駆動時間は減少する。しかも、初動トルクが強すぎると、テンプが勢いよく回りすぎて、一般に言う「振り当たり」というトラブルが起こりやすくなる。
そこで、複数の香箱を連結して安定的なエネルギーを持続的に供給することができる「マルチバレル」の発想に至るわけだ。構想自体は単純に思えるかもしれないが、実現には相応の困難が立ちはだかり、スタッフたちの高い技術が求められる。フランク ミュラーはここでも挑戦の姿勢を見せる。
問題は、設計師が理論上正しい数値を出して、サプライヤーが的確に仕上げた主ゼンマイでも正常に機能しないことが間々発生してしまうという点だ。フランク ミュラーには、匠の腕をもつ優秀なプロトタイピストがいるので、この点に関しては、手作業で改善して、実機用の主ゼンマイ製作にフィードバックすることも少なくないという。
例えば、プロトタイピストが特殊なスティールを材料とする主ゼンマイを熱加工して調整したり、0・04㎜という公差を手作業で削り調整することも。
組み立て工程では、時計師が果たす役割も大きい。「ギガ トゥールビヨン」式の4バレルは、直列2×並列2=4という構造を採用。並列構造を調整する難度はそう高くないが、何より難しいのは、縦に積む直列構造の組み上げだという。薄型で、回転軸も細い1つのバレルを上下に並べる際に、それぞれが干渉しやすくなってしまうというのがその理由だ。この点は、優秀な時計師を擁するウォッチランドだからこそ、これらを難なく組み上げ、高精度を出すことができる。
香箱の構造について困難を乗り越えた逸話がある。フランク ミュラーが誇る複合機能を備えたトゥールビヨン「エテルニタス メガ4」では、輪列用とソヌリ用に2つの香箱を用意して別駆動とした。このため、理論値では36時間あったソヌリ用のパワーリザーブは、結果的には24時間に減らさざるを得なかった。これは実現のためには、現実的な判断を下すこともあるという一例だ。
一方、最新の「ギガ トゥールビヨン」搭載機である「グランド カーベックス ギガ トゥールビヨン」のパワーリザーブは、オリジナルに比べ、約100時間と減少することとなった。ミドルケースを採用するスペース上の問題で香箱を小さくせざるを得なかったが、そのぶん防水性や美観が高まっており、目的に応じた特性を実現することができた。
このように、各種トゥールビヨンが表現する世界観に応じて、設計師・プロトタイピスト・製造部・時計師などが密接に連携し、困難を乗り越えながら実用へといたる。その道のりは決して平坦ではなく、険しい。つまり、トルクの安定供給という観点からも、ウォッチランドが生み出すトゥールビヨンは、職人たちの不断の努力の結晶であるといえるのだ。